5a802c89.JPG 茶友に、自分の一番イヤなこと、についてカミングアウト。
 その「イヤなこと」のなかみはここではヒミツ。でも、ひじょーに単純、そして、個人的、感情的。かつ子供っぽいようなことだ。だけど、私にとっては重要である。
 他者から無意識に「一番イヤなこと」をされた時、私は対決や報復をせず、我慢して自分の中に溜め込んでしまうので、結局自分の心身を傷つけることになる。なんで我慢するかといえば、心の奥に「正しいことをするべきだ」という一種のコンプレックスがあるからなのだ。良い子になりたいというんではなくて、世界に対して、なにか原罪的な、思いこみに過ぎない「負い目」を背負ってしまっているからだ。
 で、その原因もよくわかっている。べつに、過去になにか、悪いことをしたというわけじゃなくて、ただ、自分を肯定される経験があまりなかったというだけのことだ。その環境の中では、なによりまず第一に「自分の個人的感情を肯定すること」は、「正しいこと」の範疇になかったのである。自分に対して否定的でなければ、生き延びることが難しい(ように、子供の私は感じ取っていた)。よって、これは「三つ子の魂」みたいなもので、これからも長く付き合ったり、誤魔化したりして生きていくしかないみたい。
 自信がありそうだ、とか、堂々としてる、とか言われると、私は正直言って「引く」。 本当に、全然そんなことはないのだが、カラ元気くらいだしておかないと、ほんとに自分が潰れる、或いは自分で自分を潰すおそれがあるからなのである。

 そんなことを某カフェにて話しているうちに、ちょいと気がほぐれてきた。
 本当に好きなことを実現するために、本当に一番イヤなことを経由しなければならないなんて、本当に本当に辛いことだ。でも、こればっかりは、どうしようもない。イヤなことを避ければ、一番好きなことも失われてしまう。だけど、おそらくどんなに辛抱しても、本当に望む通りには報われることはないだろう。ままならない世の中だけど、本当にしょうがない。
 そういう、どうしようもない自分に酔うことなんて、できない。なんて格好悪いことだろう。この文を読んで「こいつ自分に酔ってる」とだけは思わないでほしい。

 茶と話で辛さを忘れる一時を繋ぎながら、生きていくしかない、なけなしの人生なんだから。